人間は合理的な生き物ではなく、時に不合理な選択をしてしまう。
だが、この不合理が予想できるものだったとしたら?
普段当たり前のように選択していた行動が実はこの不合理によって決定されているとしたら?
むしろこの「予想どおりに不合理」な人間の特性を理解することができれば、今まで振り回されていたこの出来事をコントロールすることができるのではないか?
Dan Ariely(ダン・アリエリー)著、「予想どおりに不合理」を読んでみて、この本は人生のバイブルにしてもよいと思えるほどの作品だと感じた。
本書の構成
本書は以下の章から構成される。
- 相対性の理論
なぜあらゆるものは——そうであってはならないものまで——相対的なのか - 需要と供給の誤謬
なぜ真珠の値段は——そしてあらゆるものの値段は——定まっていないのか - ゼロコストのコスト
なぜ何も払わないのに払いすぎなのか - 社会規範のコスト
なぜ楽しみでやっていたことが、報酬をもらったとたん楽しくなくなるのか - 無料のクッキーの力
無料!はいかに私たちの利己心に歯止めをかけるのか - 性的興奮の影響
なぜ私たちが思っている以上に熱いのか - 先延ばしの問題と自制心
なぜ自分のしたいことを自分にさせることができないのか - 高価な所有意識
なぜ自分の持っているものを過大評価するのか - 扉をあけておく
なぜ選択の自由のせいで本来の目的からそれてしまうのか - 矛盾の効果
なぜ心は予測した通りのものを手に入れるのか - 価格の力
なぜ一セントのアスピリンにできないことが五十セントのアスピリンならできるのか - 不信の輪
なぜわたしたちはマーケティング担当者の話を信じないのか - わたしたちの品性について その1
なぜわたしたちは不正直なのか、そして、それについて何ができるのか - わたしたちの品性について その2
なぜ現金を扱うときのほうが正直になるのか - ビールと無料のランチ
行動経済学とは何か、そして、無料のランチはどこにあるのか
全ての章に著者たちの研究グループが行った研究の成果がわかりやすくまとめられている。
全ての章がおすすめであるが、この記事では特に印象に残った2つの章に関して書かせていただく。
他の章が気になる方はぜひ一読をおすすめする。
社会規範のコスト
この世の中を支配するのは社会規範と市場規範である。
社会規範とはわたしたちの社会性や共同体の中で支配的な原理である。
困っている人を見返りを求めずに助ける。パーティで友人におもてなしをする。
社交性や善意から他人のために行動を起こすことは社会規範に則った行である。
一方、市場規範とはお金で全てが決まる世界の原理である。
市場規模が支配的な世界では、お金により物やサービスのやり取りが行われる。
社会規範と市場規範に優劣はない。しかし、両者が同時に存在することができないということがミソである。
本書が挙げていた例で説明すると、例えば知り合いの家に招かれ料理をご馳走になったとする。
あなたと知り合いは笑顔で語り合いながら食事を楽しんだ。だが、別れ際にあなたが財布からお金を取り出し料理代を支払ったらどうだろうか?
途端に今までの和やかな雰囲気は嘘のようにピリッとしたものに様変わりするのではないだろうか?
これが、社会規範と市場規範は共存できないということを示す最たる例である。
善意によるもてなしから、賃金によるサービスに変わったことを示している。きっと今後、あなたが友人と心から食事を楽しめることはなくなるであろう。
筆者はこの章を読んで日本の中小企業について考えずにはいられなかった。
日本の企業は社会規範が支配的
日本の企業、特に中小企業では社会規範が支配的だと筆者は感じている。
幸運なことに筆者はそこそこ大きな会社で働いているために、会社の経営者と直接話をしたことがない。
だから筆者は雇われて給与をもらった分を労働で返すという市場規範が支配的な世界で仕事をしている。
しかし、従業員と経営者との距離が近い中小企業では、社長と従業員が世間話などをする機会も多く、友人のような関係を構築するため社会規範が優位になる。
そのため、多少給料が安くても経営者のために働くという気分になり、待遇に文句を言わず働くのではないかと考えている。
日本経済の世界的権威であるデービッド・アトキンソン著作「日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義」によると、日本が衰退国となった理由は、中小企業を国が優遇したためだと述べている。
大企業となるよりも中小企業のままでいた方がメリットが多いため、経営者が会社の規模を拡大しない場合が多く、日本には中小企業が溢れてしまった。
大企業は中小企業に比べてワークライフバランスが取れているが、日本人は働きすぎと言われる。これは、日本人のほとんどが中小企業で働いているからである。
ではなぜ、中小企業で働く日本人は文句を言わずに死に物狂いで働くのか?
「予想通りに不合理」から得られた知見をまとめると、中小企業では経営者と従業員の距離感が近いために、市場規範よりも社会規範が支配的となる。
そのため、賃金が労働に見合わなくても経営者のために働くという気持ちになるからではないか?
高価な所有意識
私たちは自身の所有しているものの価値を客観的に判断することができない。
自身の所有物は過剰に価値のあるものだと勘違いしてしまう。また、私たちは何かを得ることができる嬉しさよりも何かを失う嫌悪感を強く感じてしまう。
例えば、株式投資の場合を考えてみよう。
自身の投資した銘柄の値上がりよりも、値下がりに過剰に反応してしまうのだ。
評価額がプラス1万円の含み益になったときの嬉しさよりも、評価額がマイナス1万円の含み損になったときの嫌悪感をより強く感じてしまう。
将来的に値上がりして利益を上げられる銘柄が一時的に値下がりしているだけだったとしても、株価の下落に心理的に耐えられずに売却してしまい、利益を得る機会をみすみす逃してしまう。
まとめ
「予想どおりに不合理」は私たちがついとってしまう不合理な行動をわかりやすい実験を用いて解説している。
この記事で挙げた2つは筆者が特に印象に残った章であるが、全編にわたって学びの多い書籍であると言える。
ぜひ一読をおすすめする。
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